普洱茶の原料となる雲南大葉種には三つの茶樹の系列がある
普洱茶の原料となる雲南大葉種(C. sinensis var.assamica)には三つの茶樹系列があり、「勐海大叶種」「勐庫大叶種」「鳳慶大叶種」があります。そのなかで勐庫大葉種と鳳慶大葉種は瀾滄江の双江県と鳳慶の植生となっています。__ここに鳳慶大葉種の香竹菁に関係する文章を引用します。
普洱茶樹の源を探す-3「老茶樹」 雲南茶叶協会会長_邹家驹 2004-11出版
青竜橋南岸から遠くない小湾鎮錦綉村にある香竹菁は、一株を4人の輪で囲むことができるほどに成長した栽培型古茶樹だ。私達は一刻も休まず、文章塔辺の田舎道を辿って、夕日の照り映えのもとを急いで進んでいく。道中起伏した山並みが続き、生い茂った林が重なり合う山々、原始林は広大で鬱蒼としている。道のそばにはさらさらと流れる清泉がある。明らかに感じるのは瀾滄江南岸の水源は北岸より満ちあふれている。夜10時頃、私達は香竹菁に遠くないダムのあたりまでたどり着き、一つの草地を探して設営する。
すでに夏になっていたが、高原の夜は何分かの涼しさだ。私達はかがり火を囲んで、二人の主任が鳳慶の古茶樹の話をするのを聞いた。1981年中国農業科学院茶葉研究所は共同で茶樹の品種と資源の実地調査隊を構成して、在鳳山、大寺、郭大寨、徳斯里などに進行し考察して、いくつかの貴重な研究価値のある古茶樹を発見した。
相前後して発見した古茶樹は、有瓊英大茶樹、安石李富帮大茶樹、香竹菁大茶樹、腰街打虎山大茶樹など、その中でも安石李富幇大茶樹は省級の重点的保護文化財であり、有瓊英大茶樹は中国科学院が指名する重点的保護文化財となっている。江外の詩礼、永新、魯史、新華などの郷・鎮でも、大きな塊の野生茶樹群落を発見する。
豊富な茶類種の資源は多くの学者と科学者を研究のための探索へと引きつけた。北京農業展覧館の王広志教授、湖南農学院茶叶研究所の陳国李教授、雲南農業大学の張芳賜教授と蔡新教授など、相前後して鳳慶に赴き古茶樹を考察した。
錦繍茶王
設営場所を片付け終わって、私達は香竹菁大茶樹に向け直進する。この瑞草が育つところは農民の李文潮家の農園のあぜのあたりで、海抜は2210メートル。
2003年2月18日、雲南農業大学茶学部の蔡新教授が自ら茶樹を測量した。樹高10.2m、樹幅11.1 × 11.3m、胸回りの5.67m。4人を要してようやく包囲の輪を閉じることができる。これは一株の栽培型茶樹で、しかし品種はまだ確定できない。
茶叶高級技術師の夏祥明は注意深く茶叶の見本を観察した。性状から見て、茶の系統の中で茶(C. sinensis)種や、またアッサム種(C. sinensis var.assamica)とも異なる種だ。比較するもと、葉の表側はつるつると平坦で広くて、手触りは比較的に硬くて、葉脈は細くてまっすぐで、葉の背は綿毛がない。一株の木は一年200kgの茶を摘み採ることができる。
これらの茶、当地の呼称は園埂茶(園のあぜの茶)で、家の前後の野菜畑の周辺で栽培する。私達は3月に普洱、版納、瀾滄の古茶園を考察した。この栽培型茶樹の歴史は最も古く、人類の最初期の生きた化石を栽培して利用しているのだ。5.67mの胸囲、野生であり栽培型への移行を内在する最も太い茶樹だ。今まで発見した最高の茶樹ではないが、胸囲の太さは世界第一は問題ない。元鳳慶茶厰工場長の楊仕宏老人は私に教えて、園埂茶は紅茶を作るとき発酵がとても難しいことを把握した。鳳慶は北回帰線から離れた地点で、瀾滄江流域に分布する野生と栽培型古茶樹の中で、園埂茶は一つの特別の待遇をなす。この種質を利用してこのように栽培型の資源とした、久遠の歴史がありその発展する空間は広大だ。(以下略)

▲鳳慶県の香竹菁は秘境のような土地で良質な茶葉を産します
鳳慶県は滇紅紅茶の生産地
鳳慶は雲南紅茶誕生の地で、滇紅(雲南産紅茶)工夫茶は1939年に雲南鳳慶でまず試作に成功します。《順寧県志》に記載:『1938年、東南の各省の茶区は戦区に接近して生産は容易でなく、中茶公司は積極的に南西茶区を開発して、華茶を国際市場上で維持し、民国28年(1939年)3月8日に順寧茶厰(現・鳳慶茶厰)を正式に創立して、計画的な建設と試作を同時に推進する』。その年は15トン生産してイギリスに輸出し、その後は絶えず生産を拡大して、西双版納勐海などにも生産組織を広げて、製品の品質が良いことで国際市場に深く歓迎されます。
鳳慶の大葉種茶の製品は滇紅碎茶なども含んで、滇紅工夫茶と総括され、相前後して国家の品質の銀メダル、中国の銘茶、国家の外交上の贈物の茶などの栄誉と称号を獲得します。1986年イギリス女王のエリザベス二世が雲南省を訪れた際に、滇紅集団生産の雲南紅茶は国礼として贈られました。聞くところによると、イギリス女王は“滇紅”を透明な入れ物に入れ、観賞しながらお飲みになったようです。そうした歴史の中で鳳慶は“滇紅茶の郷”と称されて、毎年“五一”の労働節には“茶祭”と決められて行事を催行し、貿易的な交流を行います。
注記:錦繍茶王とエリザベス女王の画像は滇紅集団のパンフレットから拝借。

